後の祭りに向けて宮出しは哀愁の中へ〜数十年ぶりの故郷の祭り(8)
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作成日時 : 2008/06/26 08:33
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何か月か練習をして作り上げた音楽や踊り、意匠を凝らした木偶人形や山車飾り……、それらの人も物も、宮入りのクライマックスのあとは、しばしの憩いにくつろいだものの、日射しの傾きや酔い覚めとともに、終わりがやってきます。
時刻はすでに夕方5時近く。
9つの太鼓山(山車)が、神様に見送られて神社を離れます。宮出しです。
日射しが心なしか赤みを帯び始めています。境内広場での練りも宮入ほどの激しさはなく、やや淀んだ疲労を感じさせながら、宮入りしてきた順に出ていきます。
このときの主役は、見送り幕。華やかな刺繍を神様に見せて、今年の豊穣の祈りを残して離れていきます。
↑脇参道の鳥居の前をちょうど通ったのでシャッターを
切ったけれど、夕陽の逆行でした
↑東への上り道を帰る3集落の山車。車輪に抉られた道路
まだ、最後の集落は境内を出ていませんが、私は、東京へ車で向かうので、翌日の仕事を考えるとそろそろ離れなければなりません。残る心を振り切って、実家へ戻ります。
そこにはすでに夕焼けの田んぼ。田植え前の水田に夕陽がきらめいています。
このそこはかとない哀切、ものが終わるときの悲しみというものを、嫌いではありません。
四つ辻に集まった太鼓山(山車)は、おそらく万歳三唱をして、それぞれの集落に帰っていきます。その日の内に後の祭りを終えて、翌日は後片付けだけするのでしょうか? 30有余年を過ぎたいまはどうなっているのか、分からないまま故郷をあとにしました。
また再び、この祭りを見ることはあるのでしょうか? この先実家で暮らすことでもない限り、意図して出向かないと2度とないでしょう。それは、まさに「神のみぞ知る」ことですね。
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