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山車の特徴は木偶人形〜数十年ぶりの故郷の祭り(6)

<<   作成日時 : 2008/06/12 07:33   >>

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堅井の大宮(軽野神社)の春祭りの太鼓山と呼ばれる山車の特徴を、2回に分けて語っていきます。木偶人形の飾りと見送りと呼ばれる刺繍織物です。
今回は木偶人形。私の集落では“でこさん”と呼んでいました。“木偶(でく)さん”のなまりでしょうね。

山車は、鉄枠を嵌めた木の車輪に台車と大きな胴の太鼓が載り、4隅に立った柱の上部は、彫刻の施された欄間のような構造を4面に配して固定した屋台になっていて、その上に欄干が差し込めるようになっています。
毎年、この欄干に囲まれた舞台の中に、大河ドラマの主人公や歴史的人物を模したペアの人形が置かれます。といっても、おそらく各集落この“でこさん”と呼ばれる人形の首は、男女2〜3種類ずつくらいしかなく、わらで作る胴体と着せる着物の形や柄で違いを表現するわけです。

こういう山車の携帯や飾り付けは、微妙に差はありますが、根本的に日本全国共通した部分があって、これも江戸文化の粋なのかなと考えたりしています。
というのも、いまDVDブックで歌舞伎のシリーズを作っているからなのですが、いまの日本の伝統文化といわれるものは、江戸時代に発祥したり、発展して形態の固まったものが多いように感じられているのです。

30数年前には、人形の他には、松と竹、そして金銀の色紙短冊くらいの飾り付けでしたが、今では、欄干に造花が飾られ、ずいぶん華やかなイメージになっています。時代は少しずつ変わりゆくのですね。伝統文化も、こうして少しずつ変容しながら連綿と続いていくのでしょう。

さて、では、9つの集落の“でこさん”を纏めてみましょう。
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まず、直江兼続とお船。そして、武田信玄と三条夫人、源頼朝(と北条政子か)、柳沢吉保と染子、細川忠興とガラシャ。
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つぎに、織田信長と濃姫、2つ不明で浅野内匠頭と阿久利。
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それほど顔が違うわけでもないですが、昔は他の集落とかぶらないようにするのが一苦労だったように記憶しています。この飾り付けの担当者がいて、他の集落を探っていたように思います。そして、本番当日、この太鼓山の一番上に載って、倒れないよう、電線に引っかからないよう、走る速さの中で対応していかなければならない、意外に大変な役割なのですね。

さて、次回は、“見送り”についてです。(この項続く)

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