宮入のクライマックス〜数十年ぶりの故郷の祭り(4)
<<
作成日時 : 2008/05/29 08:09
>>
トラックバック 0 / コメント 0
さて、鈴鹿山脈を背に東の集落から3基、その支脈の丘陵を背に北の集落から3基、そして近江盆地湖東平野の沃野を控えた西の集落から3基、神社の鎮座する四つ辻にそろいました。
渡り番の芸山がゆるゆると裃姿の役員と踊り手に続いて宮入をした後、順番に、力強さを競って9基の太鼓山(山車)が宮入を続けます。それぞれの勇壮華麗さを競う見せ所です。前回も書きましたように、この宮入の激しさに、怪我人や死者が出た時期もありました。今回も、角の自動販売機にぶつかって自販機がつぶれました。激しく荒れる集落はいつもだいたい決まっているのですが、この宮入に、力がなければ生きていけなかった昔には弱い男を自然淘汰する意味があったのではないかとも考えたりしたものでした。太鼓山の前後の控える鉦も入りたての若衆(中学生の少年)が担ぎ、どんなに太鼓山が暴走しようと必ずその前後にいなければならず、汗だくで必死で走ったものでしたが、いまはどうなっているのでしょう。
↑県域UHFのテレビカメラも収録に!
↑その足下には(小川はすでにコンクリート水路に
変わって久しいですが)昔のように菫や芹が…
渡り番の太鼓山は、あまり暴れず宮入します。来年の渡り番の集落の太鼓山もあまり暴れません。無事に渡り番を終えたいからです。
参道に向かう100メートルあまりの道を南へ走っては戻り、担いで練っては走りして、四つ辻をスピードを落とさないまま曲がったりもしつつ、順番に参道へ入っていきます。
ゆっくり押しているときには(四つ辻に集まるまでも)、伊勢音頭が歌われます。伝播した民謡の常としてやや変調していますが…。
[独唱]
まつりまぁーつぅりぃとおおおーぅ(祭り祭りと)
まつうぅーのぉーがぁーまぁつぅーりー(待つのが祭り)
[合唱]
そーりゃーなーよーいっとせぇー
ええよーいーやーなぁー
ああ あれわいさぁこれわいさぁーで
そーりゃーよーいーっとせー
などと聴き取れる伊勢音頭が歌われ囃したてられて、独唱部分を、みんな好きにつくって歌うわけです。もちろん、すでにいくつかのバリエーションも伝承されています。
さて、アスファルト道に車輪の轍(道路はかなり抉られます)を残して、鳥居をくぐり、桜並木(例年花の季節の祭りでしたが、最近は地球温暖化のせいもあるのか、開花も早くなっているようで、今年はすでに散って葉桜でした)の未舗装道に曲がり、また100メートル弱を東進して左折、拝殿前の広場に突進します。宮入は渡り番の順です。
まずは、拝殿前まで行って全員で参拝し、その後、太鼓山を収める場所に向かうまでに、広場で練ります。最後の見せ場です。ここで、太鼓山を担いで練ることができれば万々歳。なかなかうまくいかず、途中で腰砕けしたまま止める集落もあります。
↑これはうまく担げました! さすが怪我人も
出すほどに勇壮な集落だけのことはあります
宮入が続く間に、拝殿では神事が行なわれています。
すべての集落の宮入が終わるころには神事も終了しています。
すでに3時を過ぎています。これから昼食、くつろぎの時間です。各集落で、微妙に異なる太鼓と鉦の競演。この打ち方は、何代か前の神主が考案し伝えたとも言われています。私は、マスターする前に東京に出てきてしまいました(田舎に暮らしたのは18年、東京はすでに39年です)。
各集落毎に異なる鳴らし方が微妙な協和音と不協和音を醸しだし、神社の森に響きます。いやがうえにも祭りの感興が盛り上がる時間です。
(この項続く)
|