夜宮〜数十年ぶりの故郷の祭り(2)
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作成日時 : 2008/05/15 01:05
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前夜祭は「よみや」と言っていました。「夜宮」と記憶していたけれど、「宵宮」と書くのが共通表現のようです。もちろん辞書には「夜宮」も載っています。
↑夜宮はシンプルに太鼓に丸太を組んだ太鼓山で参内します
遠く近く鉦の音や太鼓の音が聞こえ、別の神社の宵宮の鉦の音も涼やかな風に乗って聞こえてきます。祭りが日にちから休日にシフトしてからは近隣の集落の祭りも重なることが多いのでしょう。合間に蛙の鳴く声が響いて、各集落から太鼓山が集まってきます。
ときには走り、駆け戻り…。集落の規模によって太鼓のサイズも異なります。
大宮に入った太鼓は拝殿のまえに突進し、お詣りを済ませた後、境内の焚き火の周りを駆け回って各集落の場所に納まるのですが、その焚き火の周りでのパフォーマンスが見所なのです。
焚き火には爆竹も投げられ(30数年昔にはなかったことです)、担ぐ若衆も昔はみんな着物で裾を端折った姿でしたが、いまは普段着のところもあって、祭りの基本は普遍でもディテールは変わっていくものなのですね。
↑炎は人を奮い立たせるのでしょうか?
拝殿に向かって参拝した後、指定の場所に収めて、次の集落の宮入を待ちます。
太鼓山を担ぎ上げる意気盛んな集落もありますが、その人数自体が昔に比べて少ないように感じます。
若衆制度の在籍途中で東京へ出てきてしまった私に言える権利はないけれど、早晩この規模で旧来のままの祭りを続けていくのは困難になってくるのではないでしょうか。それとも、人に合わせた規模に添って変化しながらも連綿と続いていくものでしょうか。すでに、400年ほどの歴史を刻んでいるはずの祭りです。無くなることはないでしょう。
そして、明日の本祭りの無事を祈る人々の夜の時間は心にも炎を燃やしながら、厳かに過ぎていきます。
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