春の例大祭〜数十年ぶりの故郷の祭り(1)
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作成日時 : 2008/04/24 19:37
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田舎から上京してもうすぐ40年。18歳まで毎年見て、参加して、恋人を呼んで、愉しんでいた祭りには、それ以来まったく帰っていませんでしたが、今年久しぶりに帰りました。
そろそろ昔の出来事が懐かしくなってくる年齢に加え、ETCの深夜割引が期間限定で4割になったことと道路特定財源の一旦廃止でガソリン代が下がったことが、背中を押したのでしょう。繁忙の仕事の後夜を走るのはなかなか辛いけれど、いまならまだできます。週末なのに夜の高速道路は意外と車が少なく、ドライブは快適です。ただ、やはり睡魔には勝てず途中4時間仮眠して田舎に到着しました。
さて、その春の例大祭が行なわれる神社は「堅井の大宮(軽野神社)」といい、祭神は開化天皇の孫・袁邪本命(オザホノミコト)で、父親の日子坐王(ヒコイマスオウ)とともに祀られていて、摂社には藤原氏の祖・天津児屋根命(アマツコヤネノミコト)という陣容。
本殿は三間社春日造の変形で、1705(宝永2)年頃に建築された。春日造りの本殿は県下には非常に少ないらしい。
袁邪本命は「葛野之別」「近淡海蚊野之別」の祖で、その母(つまり、日子坐王の2番目の妻)は春日建国勝戸売で、春日神社(大社)は天津児屋根命を祀る藤原氏の氏神であり、このあたりの伝承をひもとくと、またおもしろい歴史が見えてくると思われるのですが、それはまたいずれ定年後にでも。
↑照葉樹林の神社の森(右)は東京の公園(左)の落葉樹の林とは趣が違う
昔の郷単位を超えて氏子は12か村ほどあるものの、祭りに参加するのは9か村。その9か村が毎年持ち回りで当番(「渡り番」と言っています)になります。その渡り番が今年9年ぶりにふるさとの集落に巡ってきました。
昔は、平日であれ4月20日と決まっていて、小学校は、午後半休になったものですが、さすがに戦後の教育はそういうことを許さなくなり、仕事も専業農家から兼業の住民が増えて、いつの間にか第3日曜日にと変わっていましたが、今年はそれが20日という巡り合わせ。隣のご主人に、9年後には(寿命が)どうなっているか分からないので見に帰っておいで、と言われてもいました。
途中、30分ほど昼食に戻ったのと、全体に進行が遅れ気味で、帰京の時間もあり、6時前に離れてしまい最後までは見られなかったのですが、これからブログで何回か、夜宮から後の祭りまで(一部昔を思い出しての想像で)、地方で400年以上続く(らしい)祭りの様子を稚拙ながら買い残すためと、自分の記憶の確認のためにも、綴っていこうと思います。しばらくお付き合いください。
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